🔶自己紹介 横浜国立大学大学院理工学府のレイナ・ペーニャ・ファテイマ・イサベルと申します。現在、博士課程で機械工学の研究をしています。     日本への留学の決め手は、日本の機械工学分野は発展が凄まじく、素晴らしい研究者がたくさんいて、研究室の環境も整っていることでした。特に、横浜国立大学には、私の研究テーマに精通した先生がたくさん活躍されていて、イメージしていたものを実際に実現させることに重きを置いた研究方法に感銘を受けています。 🔶パナマ共和国の紹介 パナマ共和国は南アメリカ大陸と北アメリカ大陸の地峡に位置する共和制国家です。コスタリカ、コロンビアと接していて、国土の多くが大西洋、カリブ海と太平洋に面した海の恵みを受けた国です。これもあってか、パナマという国名は、「魚が豊富な地」という言葉が由来と言われています。国全体の人口は約410万人で、首都はパナマシティ、国の面積は約7万5000㎡と、北海道より少し小さい大きさです。公用語はスペイン語です。気候は、12月~4月が乾季、5月~11月が雨季です。 🔶パナマ共和国の歴史 私の国を語る上で欠かせないのがパナマの歴史です。私はパナマの歴史についてお話するのが大好きなので少しお伝えしたいと思います。 パナマの歴史は1501年、スペイン人探検家のバスティーダによってパナマ地峡が発見されたことに始まります。翌1502年、アメリカ大陸を発見したことでも有名なコロンブスも上陸したと言われています。1513年にバスコ・ヌーニェス・デ・バルボアがパナマに到達してから彼の調査によりアメリカ大陸が二つの大海に接する大陸であることが明らかになりました。また、パナマがある地峡は当時、南アメリカ大陸から北アメリカ大陸に向けて、貴重な資源や財宝を運搬する上で大切な拠点となっていたこともあり、「王の道(スペイン語:Camino Real)」と呼ばれるルートとなりました。 パナマは1821年に大コロンビア州の一州として独立するまで、約300年の間、スペインの統治にありました。その後、何年にも渡り、二つの大海を繋ぐパナマ運河の建設等を試みましたが、結局、パナマ運河の完成にはアメリカが1914年にパナマ運河を完成するまで時間を要することとなりました。この間、パナマは1903年にコロンビから分離独立し、初代大統領にマヌエル・アマドールが就任したものの、パナマ運河地帯広域の主権をアメリカに認めるという規定が設けられたため、事実上、アメリカに支配されることとなりました。 パナマは独立当初から主権を巡ってアメリカとの緊張状態が続く中、国内におけるナショナリズムの高揚によるデモクラシーの勃発やアメリカとの国交の断絶の時期もありました。1983年、マヌエル・ノリエガ将軍が国軍最高司令官に就任後、米国による軍事侵略の歴史もありました。1999年にパナマの初代大統領ミレヤ・モスコソが就任、また同年のトリホス・カーター条約により、軍事基地などアメリカ人が使用していた土地がパナマに返還され、建国以来パナマに大きくかかわってきたアメリカ軍は完全撤退しました。 🔶伝統行事の紹介 私がおすすめするパナマの主なイベントを紹介します!まず一つが、カーニバルです。 約4日間、国中で開催されるカーニバルですが、地方都市のカーニバルこそ趣があると言われており、たくさんの人が大都市から地方へとカーニバル参加のために移動します。特に、ラスタブラスという地方都市のカーニバルが最も有名で、19世紀から続く伝統行事です。 二つ目はグアラレのマジョラムフェスティバルです。パナマは格式高い民俗学的な歴史があり、数々の神話や逸話がこのお祭りで祝福されます。 それから、パナマジャズ祭りも有名です。2003年から始まり、年々スケールも大きくなり、ラテンアメリカ地域におけるとても大切なイベントとなっています。 パナマは11月に祝祭日が多く、そのため愛国月(mes de la patria)と呼ばれていますが、その一部を紹介します。11月3日コロンビアからの分離独立の日、4日が国旗の日、5日がコロンの日、28日はスペインからの独立記念日など、11月は連休があり、国中の学校が休校し、お祭りもたくさん行われます。 🔶伝統衣装の紹介 パナマには女性向け男性向け、各々の伝統衣装があります。まず、女性向けのポジェラと呼ばれる衣装ですが、これはスペイン統治時代に伝わり、主にお祝い事やお祭りの際に着用されるブラウスと丈の長いスカートです。様々な色が使われ、幾重にも重ねられた生地が特徴で、1着作成するのに8カ月ほどかかると言われています。このポジェラにはブラウスの上にジュエリーで飾り付け、女性が髪飾りにべっ甲や髪飾りを纏(まと)います。町の伝統行事や先ほど紹介したカーニバルなどで着用される伝統衣装です。 男性向けにはモントゥーノと呼ばれる伝統衣装があります。白い長そでの襟元が閉まったシャツ、黒色の長ズボンに伝統的な麦わら帽子(黒色のラインが周りに入っていることが多いです)を着用するのがフォーマルです。 それから民族手芸のモラについても紹介します。色の違う布を重ねて縫い合わせ、模様(土地によって異なり、動物等の型がある)の形に切り抜いて作るものでグナ族の民族衣装であったものです。胸元と背中にモラを用いたブラウスとスカートは日用でも使われます。 🔶パナマの伝統料理 パナマには様々な民族が融合して生活してきた歴史から、世界のあらゆる場所(スペインやアメリカ等)の影響を受けた料理が多く、エキゾチックな食を体験できます。地域によって名物も変わりますが、海沿いの地域ではシーフードやココナッツ、南国フルーツを使ったもの、内陸部では牛肉、豚肉、鶏肉や根菜といった食材が多く使われたメニューが多いです。 例えば典型的な朝食メニューですが、コーントルティーヤか丸い形のパイのような小麦を揚げたものを主食として、ソーセージや目玉焼きをワンプレートで食すことが多いです。 それと欠かせないのが、パナマコーヒーです。パナマで収穫されるコーヒーは世界中のコーヒー豆の中でも高級なブランドで、有名な豆だと「ゲイシャコーヒー」があります。 ランチでは、サンコチョと呼ばれる中米の郷土料理を紹介したいと思います。これは鶏肉と芋、トウモロコシの優しい味のシチューのようなものです。パナマの国民食といっても過言ではない長いこと色んな地域で愛されてきた食事です。 最後に夕食ですが、レンズ豆や緑バナナを和えたお米にシーフードが主流でしょうか。ワンポットと呼ばれる海岸料理が私のお気に入りです。甘い豆、エビ、プランテン(果実)で、ミックスされたプレートです。フエダイのフライと揚げたプランテンは典型的なパナマ料理の一つです。 パナマで有名な飲み物も紹介します。チシェメというトウモロコシの粉をべ―スにした飲み物で牛乳と砂糖も入って少し甘いデザート感覚で食せる飲み物です。 🔶おすすめスポット パナマ運河の水門 船を水門(ロック)と水門で区切ったスペースに閉じ込めてスペース内の水量を増減させ水位を上下させます。パナマ運河は太平洋側からも大西洋側からもロックで上げ下げされる船を間近で見ることができます。 パナマの多島海 (サンブラス諸島) サンブラス諸島とは、およそ365もの島や小島(そのうち49島が無人島)で成り立つ諸島です。パナマ地峡北部とパナマ運河東部に位置しています。カリブ海沿岸のグナヤラ地域の一部はクナ族のふるさとでもあります。美しいビーチで、サーフィンや遊泳もできます。見渡す場所がどこも絵になるような素敵スポットです。 バホ・ボケテ バル―火山の近くにあるパナマの小さな山間の町です。コスタリカとの国境から約60キロメートルに位置する山岳地帯のカルデラ川沿いにあります。海抜約1,200メートルの標高があるため、気候は低地よりも涼しく、神秘的な景色も広がります。そのため、パナマ国内でも人気の旅行先で観光客がたくさん訪れます。また、この地は先ほどお話した高級コーヒー豆である「ゲイシャコーヒー」の産地でもあります。 バルー火山 バルー火山 は標高3,474 mあるパナマで最も高い活火山です。コスタリカの国境から約35 kmところにあります。 私も山登りが好きなので、ぜひ、おすすめしたい登山です。 高度が高いので、山頂からは晴れた日には山頂から太平洋とカリブ海の両方を見ることができます。 🔶保土ケ谷区についての感想 保土ケ谷での生活はとても楽しいです。静かな雰囲気で、慌ただしい日常から少し離れたいときに緑の多い場所でゆっくり散歩をしたり、リラックスできる公園等が多いことが良いですね。大学から近くの三ツ沢公園(神奈川区)の桜の季節が特に好きです。 あと、ラーメン屋さんが区内にたくさんあって嬉しいです。日本食が大好きなので区内のレストランで色んなものが食べられるのが嬉しいです。 実はまだ、あまり地域の皆様と一緒に交流する機会が少ないのですが、昨年の夏に、常盤台地区夏祭りの盆踊りの練習会に参加をしました。初めて会う皆さんでしたが、とても優しく受け入れて下さり、明るい雰囲気でみなさんが持つエネルギーをたくさんもらいました。いつも思い出す素敵な思い出です。 今後は、区内のボランティア活動に興味があるので、色んな活動を通して保土ケ谷の文化を学んだり、地域の皆様と交流していきたいです。パナマはとても小さな国ですが、魅力がたくさんある大好きな故郷です。このようなパナマの紹介をもっと皆さんにしていきたいと思います。