調査研究レポート サンディエゴ市における性的少数者支援 迎 真里奈 市民局人権課 1 はじめに  私は平成28年度に国際局が実施する提案型海外都市派遣研修制度を利用して、アメリカ合衆国サンディエゴ市での性的少数者の支援状況を調査する機会をいただいた。  本稿では、性的少数者を取り巻く状況について紹介したのちに、サンディエゴ市での調査について報告する。 2 性的少数者を取り巻く状況 (1) 性的少数者とは  性的少数者とは、様々な性のあり方の中で、少数の立場を指す。性的指向(恋愛や性愛がどのような対象に向かうかを示す概念)について少数である、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)と、性自認(生物学的な性と性別に関する自己意識)について少数であるトランスジェンダー( 心と体の性が一致しない者)の頭文字をとって、LGBTと呼ばれることもある。平成24年の電通総研の調査によると、5.2%、約20人に1人が性的少数者とされている。なお、性的指向・性自認のあり方は多様であり、「L」「G」「B」「T」の4つの類型だけではなく、また「性的少数者」と呼ぶことについても議論があるが、本稿においては便宜上「性的少数者」と呼ぶ。 (2) 国際的な状況  性的少数者を取り巻く状況を国際的にみると、中東やアフリカ、東南アジアの一部の国で、同性愛者が処罰される場合がある一方で、同性同士の婚姻である同性婚やそれに準じる同性パートナーが、ヨーロッパや北米、中南米等で法的に認められている。  平成4年には、国際疾病分類改訂版第10版(ICD-10)から同性愛に関する記述は削除され、世界保健機関(WHO)は「同性愛はいかなる意味においても治療の対象とならない」という見解を発表し、平成23年には、国連の人権理事会が性的指向と性同一性に関する初の決議を行った。 (3) 国内の状況  国内では、平成16年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行され、一定の条件を満たした場合、家庭裁判所の審判を経て、戸籍の性別変更が可能になった。また、平成24年に閣議決定された「自殺総合対策大綱」には、「自殺念慮の割合等が高いことが指摘されている性的マイノリティについて、無理解や偏見等がその背景にある社会的要因の一つであると捉えて、理解促進の取組を推進する。」との記載が盛り込まれた。 (4) 自治体の状況  自治体においては、平成26年に大阪市淀川区が全国で初めて、行政として「LGBT支援宣言」を発表し、平成27年には、渋谷区が同性カップルを結婚に相当する関係と認め、「パートナーシップ証明書」を発行し、区内の事業者に公平・適切な対応を求める条例を制定した。しかしながら、直接的な性的少数者支援の取組は始まったばかりである。 3 本市における性的少数者支援 (1) 意見交換会での当事者の声  本市においては、平成27年度に、学識経験者や、性的少数者支援団体などからの意見聴取や、当事者、その保護者の方などとの意見交換を行った。  そこでは、当事者から、「差別されるのが嫌なので異性愛者のふりをしている。性的少数者は身近に存在しないと思われているため、言葉の端々から同性愛者への偏見を感じる。」、「『性同一性障害はかわいそう。ゲイは気持ち悪い』と母親が話しているのを偶然聞いてしまった。一番理解してほしい人に言われるとつらい。」という声、「LGBTの教育・啓発をしっかりとやるべき。」などの意見が寄せられた。 (2) 支援の方向性  意見交換会等を通して、性的少数者は、性別役割や異性愛が前提として求められる中で、様々な場面で葛藤を抱えていること、社会的に十分に認識・理解されていないため、カミングアウト(自分が性的少数者であることを打ち明けること)が非常に困難であることや、誰にも相談できず孤立してしまい、ひきこもりや自殺につながってしまうことなどが分かった。厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策研究事業ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポートでは、ゲイ・バイセクシュアル男性は異性愛男性と比べて自殺未遂リスクが、約6倍高いことが報告されている。  このような現状においては、まずは孤立している当事者への支援と、差別や偏見・困難の解消が重要と考え、本市においては、当事者支援と啓発事業を平成27年度から実施している。 (3) 本市の性的少数者支援施策  現在、本市では当事者支援と啓発事業を両輪として実施している。当事者支援としては、個別専門相談事業と交流スペース事業を実施している。個別専門相談事業は、事前予約の上、性的少数者の支援に携わっている臨床心理士が、個室にて、対面で相談に応じている。一方、交流スペース事業は、性的少数者が「ありのままの自分」で過ごすことができる居場所を提供するもので、月に2回、男女共同参画センター横浜及び横浜北にて開催している。入退室自由で、性的少数者に関する図書やインターネット環境があり、性的少数者支援に携わる団体のスタッフ2名も常駐している。  啓発事業としては、市民向け講演会と、方面別の職員向け研修等を行っている。  これら本市の取組は、国内では先進的なものとして、他都市等から参考にされている。 4 提案型海外都市派遣研修 (1) 研修目的  提案型海外都市派遣研修は、職員が明確な関心や目的意識を持ち、テーマ及び研修先都市を設定することとされている。  私のテーマは、日本での事例が少ない性的少数者支援について、国際的にも先進的な取組を行っている施設やプログラムを視察し、担当者と直接、意見交換を行うことで、担当する本市事業のより一層の充実のための有益な示唆を得るというものだ。  研修先都市としては、本市姉妹都市であり、NPOによって「LGBTが最も住みやすく、働きやすい街」の一つに選ばれたアメリカ合衆国サンディエゴ市を設定した。 (2) サンディエゴ市について  サンディエゴ市は、アメリカ合衆国カリフォルニア州にある、国内での人口が8番目の140万人都市である。南カリフォルニア随一のゲイタウンであるヒルクレスト地区や、伝統ある性的少数者向けのセンター、NPOからトップ25に選ばれたLGBTフレンドリーな大学等を擁し、毎年7月に開催されるプライドパレードには、10万人以上が参加している。  私は、大学の支援センターとLGBT支援を行うNPOを訪問した。以降の紙面では、その概要を報告する。 (3) 大学の支援センター  訪問した大学の支援センターは2か所。カリフォルニア大学サンディエゴ校のLGBT Resource Centerとサンディエゴ州立大学のThe Pride Center である。両校ともキャンパス内に支援センターの建物があり、建物内には、ソファーを配したスペースや、パソコンコーナー、テレビやプロジェクターを備えた会議室、インターンやスタッフの事務室等があった。また、図書館では手に取りにくい、性的少数者に関する図書・DVDが借りられ、トイレには、人目のある場所で啓発ちらし等を手にすることを躊躇する学生に向けて、HIVに関する啓発品を置くなどの工夫がされていた。  また、平成19年の学内での同性愛者への差別事件を受けて発足した、性的少数者が安全で、包摂されていると感じられる環境づくりに取り組む教員と学生の団体が主催するally(支援者)向け講義にも参加した。具体的な場面でally(支援者)として、どう行動するかをアクティビティを通して考えた。 (4) NPO  複数のNPO及びその運営する施設を訪問した。 ア The San Diego LGBT Community Center  1972年に設立された全米3番目の規模を誇る性的少数者支援センターであり、50人以上の有償スタッフ、1,000人を超えるボランティアを有し、年間6万人以上にサービスを提供する。性的少数者の町であるヒルクレスト地区に存在感を持った組織があることが、性的少数者にとって大切だと聞いた。 イ Hillcrest Youth Center  14歳から18歳の子供の支援に特化した性的少数者の支援センター。子供が人目を気にせず入れるように、大きな看板は出していない。親でも施設内に入れない等、利用者が安心できる空間作りを行っていた。 ウ Sunburst Youth Housing Project  全23室の18歳から24歳の若者ホームレス向けの住居。親の差別や偏見が原因で、親子間の関係が悪化し、実家から追い出されたり、家出したりする若者が多いこと、家庭や学校で自分のありのままを受け入れてもらえず自己肯定感が損なわれ、メンタルヘルスの問題を抱える若者が多いこと等から、若者ホームレスの約40%はLGBTとの調査結果もある。週1回のカウンセリングサービスや、市立大学への入学のサポート等の自立支援を行っていた。 エ San Diego LGBT Pride  市長や議員、軍・警察、教会関係者も出席するLGBTプライドパレードを主催しているNPO。社会的に男らしさが求められる軍人や警察官が、制服を着用しパレードに参加することは大きな意義があるとのことだ。また、当事者がボランティアとして参加することでネットワーク化され、自己肯定感の向上につながっているように感じた。 オ Lambda Archives  性的少数者の地位向上に貢献してきた人やイベントなどの記念品等歴史的資料を収集・保存・提供する組織。資料はデータベース化し、インターネット上でも提供する。性的少数者のコミュニティの発展に貢献した人を知ることは、社会から排除されていると感じがちな当事者の自己肯定感を高めるとともに、啓発としての効果も大きいとのことだ。平成24年の州の教育内容の変更により、歴史の授業の中で、性的少数者の歴史を取り上げるようになり、性的少数者に対する若者の偏見は減ってきているように感じていると聞いた。 (5) ジェンダーニュートラルトイレ  公共機関や企業の一人用の個室トイレはジェンダーニュートラルトイレ(性自認や服装等による性の表現などにかかわらず誰でも使用できるトイレ)にすることを求める州法が成立したことから転換が進んでいる。地域の図書館では、男女各1室の個室をジェンダーニュートラルトイレ2つに転換していた。トイレの表示については、統一した表示はなく、団体の考えに応じて、様々な表示がされていた。(写真) 5 考察  私は現在、人権課で性的少数者支援事業を担当しており、今後の事業の参考とするためいくつか知りたい点があった。具体的には、@性的少数者の呼び方、A当事者支援事業利用者増加の手法、B利用者が安心して過ごせる環境づくり、Cトランスジェンダーへの設備面の対応、D啓発手法についてである。以下、それぞれについての考察をまとめる。 (1) 性的少数者の呼び方  本市においては、現在、「性的少数者(Sexual Minority)」と呼んでいる。しかし、少数者(minority)と呼ぶことで、対等ではなく、力の上下関係があるように感じることから、訪問したどの団体においても、性的少数者という呼称は使われていなかった。  また、「LGBT」 だけではなく、性的指向や性自認が未定であるクエスチョニング(Questioning)も含んだ「LGBTQ」や「LGBTQ+」や「L G B T Q I A +」( I =intersex、A=asexual) を使うなどの工夫をしている団体がある一方で、名称変更の不便からLGBTで止めたという団体や、LGBT+など「+」で表示することでLGBT以外が対等ではないように感じられるという考えからLGBTを使わずにPride という名称を使うなど、決まった表現はなかった。しかしながら、どの団体も共通して「当事者がどう呼ばれたいか」ということを大切にし、呼称を決めていた。 (2) 当事者支援事業利用者増加の手法  フェイスブックやツイッター、メーリングリストの活用など、情報を必要としている人をまとめ、直接情報が届くようにしていた。  また、情報を発信する際に「humanizing」=(人間味を与えること)が重要であり、楽しそうな当事者が映る写真を使用することで、参加欲求が高まるとの助言を得た。  さらに、知り合いからの勧誘や、名前入りの招待状を使用することで、参加率が高まることから、ボランティアやインターンを活用した周知も行っているとのことだった。  本市では、現在A4サイズの紙のチラシを公共施設及び学校に配布し、ホームページ上に情報を掲載しているが、ウェブ上の情報提供手段の多様化や性的少数者支援を行う他団体と相互リンク等を行うなど、必要な情報が当事者へ届きやすくなるよう工夫する必要を感じた。 (3) 利用者が安心して過ごせる環境づくり  訪問した大学の各支援センターでは、絵画の設置や壁紙への暖色の使用等、殺風景ではない居心地のよい空間づくりの工夫が共通に見られた。  また、必要な設備利用のついでに気軽に立ち寄れるように、大学ではパソコンやプリンター、冷蔵庫、電子レンジなどの設備が、コミュニティセンターでは求職書類作成ができるパソコンやプリンター、即日のHIV検査設備があるなど対象者のニーズに応じた設備を有していた。  さらに、性的少数者であることを積極的に公表し、LGBTコミュニティに貢献した人を称えることで、見た人を勇気づけ、自信をつけることができるように、メモリアルコーナーなどが建物の一角にあった。  本市においても、行きたくなるような、居心地の良い空間づくりの工夫を行いたい。 (4) トランスジェンダーへ対応する設備  トイレについては前述のとおり、ジェンダーニュートラルトイレへの転換が進み、その設置場所マップもウェブ上に掲載されていた。また、シャワールームや更衣室については、大学では、1人用の誰でも使用できる設備があった。トランスジェンダーの学生は、1人用設備が利用でき安心しているとのことだった。一人ひとりの要望は異なり、対応法は一つだけではないと考えるが、方法の一つとして、1人用の設備をつくることは現実的な解決策として有効だと感じた。 (5) 啓発について ア 性的少数者の存在を視野に入れた表示  ジェンダーニュートラルトイレ設置やトランスジェンダーの学生向けのインターネットでの情報発信などは、当事者にとって役立つものである。加えて、不特定多数がいる場所で、性的少数者への配慮を目に見える形で表現することで、より多くの人が、身近な性的少数者の存在に気づくきっかけになるとのことだ。 イ キーパーソンに働きかける  サンディエゴ州立大学では、学生団体のリーダーなど影響力のある人を選び、講義を提供していた。コミュニティに影響を与える人への啓発の強化は、学内の雰囲気を大きく変えたとのことだ。不特定多数への啓発も大切ではあるが、対象を絞って、目的別に研修を実施する必要を感じた。 6 おわりに  本市とサンディエゴ市では、統治機構や文化的背景、当事者運動の歴史等、状況が異なると感じる点は、多々あった。  しかし、最終的に目指すゴールは、共通であり、それは「性の多様性」を誰もが受け入れ、性的少数者に対する差別や偏見が解消され、様々な制度や施設が性的少数者にとっても利用しやすいものになっている社会だということを再確認した。  サンディエゴ市でも、初めから性的少数者の支援が行われてきたのではなく、時間をかけて取組が進んできたのだと伺った。  本市においても、参考にできる点を取り入れ、できることから一つずつ改善を進め、全ての人が生きやすい社会を目指していきたい。