《9》これまでの障害者施策と障害者差別解消法 執筆 米澤 宏彰 健康福祉局障害企画課施策推進担当係長  近年、障害者基本法の改正など、重要な障害者施策関連法令の制定・改正や「障害者の権利に関する条約」の締結といった障害者施策に関する大きな出来事があり、平成28年4月には、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行されました。横浜市においても、平成 27年度から平成32年度までの6か年を計画期間として、「第3期横浜市障害者プラン」を策定し、障害者施策を推進しています。  本稿では、国及び横浜市の障害者施策に関する主な経緯を紹介するとともに、障害者施策と障害者差別解消法について考えるところを述べたいと思います。 1 「障害者」の定義について  まず、「障害者」の定義についてですが、障害者基本法では、障害者は「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」と定義されています。  国際的概念としては、昭和50年に国連総会で採択された「障害者の権利宣言」において、「障害者」という用語は、「先天的か否かにかかわらず、身体的ないし精神的な能力における損傷の結果として、通常の個人的生活と社会的生活の両方かもしくは一方の必要を満たすことが、自分自身で完全にまたは部分的にできない者」と定義されています。  平成5年の障害者基本法改正の際に、精神障害者が同法に規定する「障害者」に含まれることが明確に定められ、平成23年の改正では発達障害者が含まれ、難病に起因する障害についても含まれることが解釈上明らかにされています。  また、身体障害、精神障害の定義については、身体障害者福祉法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律において定義されていますが、知的障害に関しては知的障害者福祉法その他の法律においても定義をされておらず、児童相談所又は知的障害者更生相談所において知的障害と判定された者としています。 2 障害者施策に関する主な経緯 (1) 戦前の施策  我が国における障害者施策の歩みを振り返ります。戦前における施策は、明治7年に初めて生活困窮者への対策として制定された「恤救規則」及び昭和4年に制定された「救護法」において、「救済」の対象者として障害のある人が定義されているなどであり、いわゆる障害者施策と言えるものではありませんでした。障害のある人への「福祉」は、民間人の手に委ねられていたほか、「軍事扶助法」等、傷痍軍人を対象とする限定的な制度のみが存在する施策体系でした。  また、精神保健福祉施策としては、明治33年に制定された「精神病者監護法」が我が国における精神保健福祉に係る初めての法律になりますが、この法律は精神疾患に関する医療等を定めるものではなく、主に家族等が自宅等に監置することができるという、いわゆる「私的監置」を定めるものでした。 (2) 福祉三法の制定  戦後、昭和22年に制定された「児童福祉法」の制定により、我が国の障害者施策の歩みは始まったと言われています。さらに、同年、「学校教育法」が制定され、障害のある児童生徒への教育を含む新たな学校教育制度が開始されました(この法律が定められるまでは障害のある児童生徒は教育の対象とされていませんでした)。児童福祉法とともに、昭和21年制定の生活保護法、昭和24年制定の身体障害者福祉法が、いわゆる「福祉三法」と呼ばれるものです。身体障害者福祉法は、「身体障害者の更生を援助し、その更生のために必要な保護を行い、もつて身体障害者の福祉を図ること」を目的としています。この「福祉三法」では、福祉サービスは国による措置によって提供されることや、これらのサービス提供に伴う費用負担は応能負担とすることなどが定められており、以後、長年にわたる日本の社会福祉制度の礎が築かれました。  また、精神保健福祉に係る法律として、前述の精神病者監護法が廃止され、昭和25 年に「精神衛生法」が制定され、都道府県への精神病院の設置義務が課せられたほか、自傷他害のおそれのある精神障害者の措置入院制度が定められました。  さらに、昭和35年に「精神薄弱者に対し、その更生を援助するとともに必要な保護を行ない、もつて精神薄弱者の福祉を図ること」を目的として、「精神薄弱者福祉法」(現「知的障害者福祉法」)が制定されるとともに、就労への促進を図る「身体障害者雇用促進法」(現「障害者の雇用の促進等に関する法律」(障害者雇用促進法))が制定されました。  なお、この時代の法律においては、精神薄弱者という言葉をはじめとして現在は使用されていないものがあるほか、「保護」という概念が明確に定義されていることなどが特徴的です。  その後、身体障害者及び知的障害者施策を総合的に推進するための法制定を求める声が高まり、昭和45年に、我が国における総合的な障害者施策推進の基本理念が初めて法的に確立された「心身障害者対策基本法」が制定されました。 (3) 国際障害者年を契機とした施策の転換  昭和56年の「完全参加と平等」をテーマとした国際障害者年は、以後の日本の障害者施策に影響を与えることとなりました。障害のある人が地域で普通の生活を営むことを当然とする考え方であるノーマライゼーションの理念が普及し、施設入所中心の施策から地域生活を目指した施策へと転換されることとなりました。  平成5年には、心身障害者対策基本法が「障害者基本法」へと名称が改められました。この障害者基本法では、@障害者の自立と社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動への参加の促進を目的とし、障害者の「完全参加と平等」を目指すこと、A法律の対象となる障害を身体障害、現在の知的障害又は精神障害としたこと、B基本的理念として、障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとすること、C国民の間に広く障害者の福祉についての関心と理解を深めるために12月9日を「障害者の日」とすることなどが規定されました。  また、精神保健福祉分野においては、昭和59年の宇都宮事件等をきっかけにして、精神衛生法の改正を求める声が国内外で上がり、昭和62年に「精神保健法」が制定されました。この法律では、精神障害者の人権擁護や社会復帰の促進が定められています。  こうした法律の動きの一つひとつが、現在の障害者施策のスタート地点となっています。 (4) 措置から契約へ  心身障害者対策基本法から障害者基本法へと改正されてから11年を経て、平成16年、障害のある人の社会への参加、参画を実質的なものとするためには、障害のある人の活動を制限し、社会への参加を制約している諸要因を除去するとともに、障害のある人が自らの能力を最大限発揮し、自己実現できるよう支援することが求められることから、障害のある人を取り巻く社会経済情勢の変化等に対応し、障害のある人の自立と社会参加の一層の促進を図るために、同法の改正が行われました。  この改正では、基本的理念として障害を理由とする差別等の禁止が規定されたほか、「障害者の日」から「障害者週間」(12月3日から12月9日までの1週間)への拡大、都道府県及び市町村の障害者計画の義務化、障害のある人の福祉に関する基本的施策として教育における相互理解の促進、地域の作業活動の場等への助成に関する規定の追加等が主な改正点となります。  そして、平成15年には「支援費制度」が導入されました。これは、行政がサービス内容を決定する「措置制度」から、利用者である障害のある人が事業者との対等な関係に基づき、自らサービス提供者を選択し、契約によってサービスを利用する「契約制度」に転換を図るものでした。さらに、「支援費制度」を経て、平成17年には「障害者自立支援法」が制定されました。この法律では、「障害福祉サービスの一元化」(3障害(身体障害、知的障害、精神障害)全ての障害者の自立支援を目的とした共通の福祉サービスを共通制度により提供すること)や、「公平なサービス利用のための手続きや基準の透明化、明確化」(障害程度区分の認定等により、支援を必要とする度合いに応じてサービスが公平に利用できるよう、利用に関する手続きや基準を透明化、明確化すること)等が定められました。また、増大する福祉サービス等費用に係る仕組みの強化として、「利用したサービスの量や所得に応じた負担」(障害者が福祉サービス等を利用した場合に、食費等の実費負担や利用したサービスの量等や所得に応じた利用者負担とすること)が導入されました。  なお、この障害者自立支援法は、障がい者制度改革推進本部等における検討を踏まえて、地域社会における共生の実現に向けて、障害福祉サービスの充実等、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するため、新たな障害保健福祉施策を講ずるものとして、平成25年に「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(障害者総合支援法)に改正されました。この障害者総合支援法では、「制度の谷間」を埋めるため、障害者の範囲に難病等を追加するなどの改正が行われています。  「措置制度」から「契約制度」への転換があったこの時期には、そのほかにも障害者に関係する法律として、次のようなものが制定されました。  平成16年に「発達障害者支援法」が制定され、その障害の定義を明らかにするとともに、従来の身体障害、知的障害、精神障害という三つの枠組みでは、的確な支援が難しかった発達障害のある人に対して、保健、医療、福祉、教育、雇用等の分野を超えて一体的な支援を行う体制が進められました。平成28年には、乳幼児期から高齢期まで切れ目のない支援、家族なども含めたきめ細かな支援及び地域の身近な場所で受けられる支援が必要となってきており、時代の変化に対応したより細かな支援が求められる中、発達障害者の支援の一層の充実を図るため、「発達障害者支援法の一部を改正する法律」が成立しました。  その他、虐待を受けた障害のある人に対する保護、養護者に対する支援のための措置等を定めることにより、障害者虐待の防止等に関する施策を促進するため、「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(障害者虐待防止法)が平成24年に施行されています。  また、国際的には、国連総会で「障害者の権利に関する条約」、いわゆる「障害者権利条約」が平成18年に採択され、日本国内では、条約の締結に先立ち、国内法の整備をはじめとする諸改革が進められ、平成23年には「障害者基本法の一部を改正する法律」が成立しました。障害者権利条約の趣旨に沿った障害者施策の推進を図るため、同条約に定められる障害者のとらえ方や我が国が目指すべき社会の姿を新たに明記し、障害者を必要な支援を受けながら、自らの決定に基づき社会のあらゆる活動に参加する主体としてとらえ、障害者があらゆる分野において分け隔てられることなく、他者と共生することができる社会の実現が法の目的として新たに追加されました。 (5) その他各分野における法律の制定等  生活環境分野においては、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー法)が平成18年に制定されました。これにより、障害のある人等の参画による基本構想の策定や、公共交通機関、道路、建築物のみならず、都市公園、路外駐車場を含め、障害のある人等が日常生活等において利用する施設や経路を一体的にとらえた総合的なバリアフリー化の推進が図られました。  教育・育成分野においては、障害のある幼児児童生徒の一人ひとりの教育的ニーズに柔軟に対応し、適切な指導及び支援を行うため、盲・ろう・養護学校の制度を特別支援学校の制度に転換することなどを内容とする「学校教育法等の一部を改正する法律」が平成18年に制定されました。  また、雇用・就業の分野においては、障害のある人の社会参加に伴ってその就業に対するニーズが高まっており、障害のある人の就業機会の拡大による職業的自立を図ることが必要なことから、中小企業における障害者雇用の一層の促進、短時間労働に対応した雇用率制度の見直し等を内容とした「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律」が平成17年に制定されました。なお、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(障害者雇用促進法)に関しては、障害者に対する差別を禁止するための措置及び精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加えることなどを内容とする改正法が平成25年に成立し、平成28年に施行されました。  さらに、障害者就労施設等の受注の機会を確保するために必要な事項等を定めることにより、障害者就労施設等が供給する物品等に対する需要の増進等を図り、もって障害者就労施設等で就労する障害者、在宅就業障害者等の自立の促進に資することを目的とした「国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律」(障害者優先調達推進法)も平成25年に制定されました。  また、「成年被後見人の選挙権の回復のための公職選挙法等の一部を改正する法律」が平成25年に施行され、成年後見人が付いた人の選挙権が回復してから初めての国政選挙として、平成25年の参議院議員通常選挙が執行されました。 3 本市の障害者施策の主な経緯 (1) 昭和20年代〜30年代  横浜市の障害者施策の取組の歴史をたどっていきます。  横浜市では、昭和20年代に、福祉に関する事務所である民生安定所を市内10区の区役所内に設置し、社会福祉主事を配置しました。ここでは、児童福祉法で定められた児童相談所の業務以外の福祉サービス全般について担当をしていました。この時代の身体障害者福祉サービスは、身体障害者手帳の交付と更生相談及び補装具の交付が主要なもので、身体障害の種類と程度に応じた専門的な身体障害者更生援護施設はなく、横浜市のみならず、全国的にも希少でした。しかし、横浜市が設置運営する共同作業所・授産所・家庭内職斡旋所などには、多くの身体障害者の方が生活安定と職業更生のために就労していました。そこで、浅間町共同作業所を改修して身体障害専門の授産所を設け、昭和29年から事業を開始し、全国的にもその成果が期待されました。  昭和30年代になると、指定都市への移行に伴い、事務委譲が行われました。この頃の横浜市独自の事業としては、高齢者(満88歳以上)への記念品の贈呈、身体障害者に対する市電・市バスの無料乗車券の交付、奨学金の支給等の法外援助事業などがありました。 (2) 昭和40 年代〜50年代  昭和40年代は、教育委員会が学齢期に達した子の保護者に対し、その子を学校に就学させる義務を猶予又は免除する法律が、障害児に適用されていた時代でした。そのような状況の中、横浜市内の知的障害児・者施設は数えるほどであり、多くは家族が面倒をみる時代でした。  また、民間福祉活動にも大きな変化が起こりました。それは既存の民間施設・民生委員・社会福祉協議会などの民間活動の外側で自主的な組織が形成され、独自の民間福祉活動を展開し始めたことでした。特に心身障害児・者を中心にして、その諸権利と福祉の確保を目指し、主として障害の種類別に「親の会」や「守る会」が自主的に組織され活動を展開していきました。横浜市内の各区に親の会や守る会が形成され、地域社会の中で、地域に根ざす運動が展開されるとともに、障害別に多様な組織が形成されたことが大きな特徴でした。また、そのほかにも、市内の障害児の保護者たちが立ち上がり、障害児の療育・レクリエーションや保護者の学習会などを行う「地域訓練会」、成人した障害者の日中活動の場として「地域作業所」が立ち上げられ、その後、地域で暮らし続けられる住まいについて、行政と共に検討を重ね、「グループホーム」の制度化へとつながっていきました。  昭和50年代には、盲導犬の貸与、盲人ガイドヘルパーの派遣、自動車免許取得者の補助、自動車改修費用の助成、日常生活用具の給付、住宅設備改良費補助、身体障害者相談員の配置などが新たに福祉サービスとして加えられました。  また、障害のある人の活動が広がる中、安定的な地域活動の場として、「横浜市障害者地域活動ホーム」の建設が昭和55年から開始され、平成6年までの間に、市内で23か所建設されました。 (3) 昭和60年代以降  昭和60年代は、全国初の重度心身障害者通所施設として知的障害者更生施設「朋」が栄区に開所となりました。また、昭和62年には横浜市総合リハビリテーションセンターが開所され、平成4年には、障害者のスポーツ・文化活動等を進める場として障害者スポーツ文化センター横浜ラポールが開館となりました。さらに、同年には、要援護高齢者及び精神障害者の在宅生活を総合的に支援するため、横浜市総合保健医療センターが開設されました。  この時代から大都市特例の制度が導入されて、それまで都道府県が行っていた障害者施策の権限が政令指定都市に移譲されました。それを受け、社会福祉法人における入所施設では、いち早くユニット化・個室化を導入し、施設生活の質の向上だけでなく、地域生活移行を想定した支援が行えるよう取組を進めました。  平成10 年代には、障害児・者が、自宅での生活から地域での生活へ転換していく中で、地域活動ホームが地域の拠点として全てを担っていくには施設の事業の規模が小さいため、相談支援事業として専任の職員配置やショートステイ機能など多彩な機能を備えた「社会福祉法人障害者地域活動ホーム」の設置を開始しました。  近年では、平成22年に、横浜市在宅心身障害者手当が廃止となり、「地域でいきいきと暮らしたい」と願う障害児・者を対象に「将来にわたるあんしん施策」へと移行し、一律の現金給付から真に必要とされる制度やサービスの提供へと変更されました。そして、現在では、中・長期的な計画である「第3期横浜市障害者プラン」において、「自己選択・自己決定のもと、住み慣れた地域で、安心して、学び・育ち・暮らしていくことができるまち、ヨコハマを目指す」を基本目標として掲げ、障害者施策を推進しています。 4 障害者施策と障害者差別解消法  さて、平成25年6月に「障害者差別解消法」が制定され、平成28年4月に施行されました。この法律は、障害者基本法の差別禁止の基本原則を具体化するものであり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害者差別の解消を推進することを目的としています。  ここまで様々な法律に触れてきましたが、「障害者基本法」は、共生社会を実現するために基本原則や施策の基本となる事項等を定めたものですが、例えば、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(障害者総合支援法)は、障害者基本法の理念にのっとり、必要な障害福祉サービスに関する給付等を定めたもので、その直接の対象は「障害者」であると言えます。一方、「障害者差別解消法」は、差別の対象は「障害者」であるものの、法律の直接の対象はそれを解消するための措置を講ずる行政機関や事業者であり、更に広げれば「障害を理由とする差別の解消の推進に寄与するように努めなければならない」とされる国民や市民一人ひとりです。  「障害者差別解消法」に規定された合理的配慮の提供に当たる行為は、既に社会の様々な場面において日常的に実践されているものもあると思いますが、こうした取組を広く社会に示すことにより、国民一人ひとりの障害に関する正しい知識の取得や理解が深まり、障害のある人との対話による相互理解が促進され、取組の裾野が一層広がることを期待するものであります。  法律の理念をしっかりと理解した上で、「障害者差別解消法」が、障害のある人ではなく、(障害のある人を含めた)私たち全員に向けられた法律であることは心に止めておきたいと思います。 [参考文献] 平成26年版・平成29年版障害者白書、平成26年度市会ジャーナル。