《5》各区局の取組から @ 聴覚障害のある方などを対象としたエレベーターの工夫 〜携帯電話のメールを活用して、より安全、安心に? 執筆 荒明 大輔 道路局施設課担当係長 1 道路施設としてのエレベーター  その昔、交通戦争とまで言われた昭和の時代に緊急避難的に造られた横断歩道橋は、市民みんなが階段の上り下りをしても交通安全への寄与が評価されていました。しかし、その後、時代は変わり、立体的なまちづくりや、鉄道駅の橋上駅舎化が進むなど、ますます公共空間における上り下りの機会が増えてきました。  従来、不特定多数の人が利用するエレベーターは、商業施設など建物の中にしか設置されていませんでしたが、障害者の社会参加や少子高齢化の進展によるバリアフリー化の要請、また、利便性の向上などにより、平成初期から「道路施設としてのエレベーター」の設置が始まりました。「道路施設としてのエレベーター」とは、歩道橋等に設置しているもので、連絡先が土木事務所と表示されているものです。 2 エレベーター利用者の安全、安心の確保  横浜市の道路局が管理する道路施設としてのエレベーターは、平成28年度末時点で114台が市内に設置されており、市内17か所の監視室で集約して監視をしています。建物のように直近に管理者がいるとは限りませんが、万が一、エレベーターに異常が発生した場合には、監視室のテレビモニターでエレベーター内を確認することができ、機械に異常がある場合は監視室あるいはエレベーターのメーカーに信号が送られます。また、備え付けのインターホンでエレベーター内から監視室と交信することができます。これらの情報は受信後、監視室やメーカーから土木事務所と道路局施設課に連絡が入り、状況によりそれぞれ現場に急行し対応することになります。そのため、閉じ込めなどの事態が発生したとき、通常はおおむね30分以内ではありますがお待たせすることがあります。 3 聴覚障害のある方を対象とした取組のきっかけ  「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の施行前、健康福祉局が「障害者差別に関する事例の募集」を行ったところ、聴覚障害のある方から「エレベーターが停止した場合の連絡手段が電話(インターホン)のみである」との意見が寄せられていました。前述のとおり監視室からカメラを通して、エレベーターの中の様子は確認できますが、聴覚に障害のある方はインターホンを通して通話をすることが難しいことがありますし、閉じ込められてしまった聴覚障害のある方は状況を把握することがとても難しいのではないかと感じました。  そこで、今できる何か良い対策はないかと、まずエレベーターメーカーへヒアリングを行いました。その結果、エレベーター内に「聴覚障害者用SOSボタン」を設置することが有効ではないかとの意見がありましたが、設置・改造費用が高額で工事にも時間を要することが分かりました。管理する全てに対策を行うと1億円を超える費用が必要であり、簡単には取り掛かることができませんでした。  そこで、関係者と連絡を取り合いながら考えたところ、聴覚障害のある方も携帯電話のメールをよく活用していることが分かりました。調べてみると、監視室に置く携帯電話の料金・エレベーター内の案内掲示シール作成・警備委託費等、横浜市が管理する道路施設としてのエレベーターの全てに対応しても約100万円という低予算で実施可能という見込みが立ちました。エレベーターに付加しなければならない機器もないことから、短期間のうちに運用を始められることも確認できました。 4 試行に向けて  運用のイメージは図1のようになります。実際に運用した際の課題を確認するため、まず試行してみることになりました。  なお、この取組の条件は、@携帯電話の電波がエレベーター各階と監視室の両方で良好に送受信できること。A連絡を受けたり、モニター画面などでエレベータ内部の状況や運転状況、故障の把握ができる監視室があること。B監視業務を横浜市から受託している警備業者の理解と対応力があること。C利用者に分かりやすい表示をすることなどになります。 5 試行の状況と検証  平成27年9月から、まずは、みなとみらい歩道橋監視室で監視している神奈川区内の9台と西区内の5台合わせて14台で試行を開始し、図2のようなステッカーをエレベーター内に掲示しました。  試行に当たっては、横浜市聴覚障害者協会の皆様にご協力をいただきました。実際にエレベーターに乗っていただき、案内掲示を見ながらメールを送信し、監視室と良好に交信できることを確認しました。また、併せてご意見を伺ったところ、以下のような声をいただきました。 ・携帯電話のメールを使用する今回の取組に対して大変感謝している。 ・全国的にも珍しい事例であり、本取組を良いものと考えている。 ・緊急時の不安解消につながるこの取組を大変ありがたく思っている。 ・この取組が他のエレベーターに広がっていくと良いと考える。 ・これから横浜市聴覚障害者協会の関係者にこの取組をPRしていく予定である。 6 本格運用へ  平成28年6月より、道路局所管のエレベーター112台のうち電波状況が良く実施可能な96 台で運用を開始しました。加えて、協力が得られた横浜シーサイドライン、都市整備局のエレベーター14台を含めた合計110台で本格運用を開始しました。なお、監視室は17か所となります。  また、監視室やエレベーターが地下に設置されていて電波が届かない、受託している管理者が施設直近に常駐しているなどの理由により、一部のエレベーターでは未実施となっています。 7 運用を始めてみて (1) 効果  今回の取組により、エレベーター緊急停止時における聴覚障害のある方の不安が解消又は軽減され、市民満足度の向上が図られました。また、110台のエレベーターを改善するのに要した費用は約100万円、期間は3〜4か月と、低予算・短期間でできる取組のため、他の事業者や自治体等が設置しているエレベーターへの波及効果もありました。 (2) 取組で感じたこと  今回の取組では、障害のある方との対話・意見交換が大変重要であることを認識することができ、市職員として障害に対する理解が深まりました。  設計や施工するとき、ハード面やソフト面を発注者の思い込みで片づけず、障害のある方を含め利用者、関係者の意見を聴き十分検討することで、安全安心で利用しやすい環境に改善することができるということを痛感しました。また、今回は聴覚障害のある方への取組でしたが、様々な場面で応用できるのではと考えています。 8 取組の今後  今回の取組は、エレベーターの運転・故障信号が監視室に出力され、監視室からはテレビモニターによりエレベーター内の状況が確認でき、各所にて携帯電話等の電波状況が良好であることが必要であり、これらの条件に合致したものについて本格運用を開始しました。今後、エレベーターの対象範囲の拡大に向けて、庁内関係部署等と取り組んでいきます。  また、今回の取組が、民間事業者等へも波及効果が及ぶことを期待しております。  幸いなことに、これまで今回の取組が実際に役に立った事故などの事象は生じていません。しかし、いざというときに確実に使えるように継続していくことが大切です。そのため、定期的に各監視室にメールを送信し、監視室からの返信状況が良好であることを確認するなど、関係者とともに適正な運用管理に努めていきたいと考えています。